思い出のワンピース
こんにちは。
帆布バッグ製作をしておりますCUBIEのタカオです。
今日は私の人となりなど。
佐賀県にて生まれ育ちましたが、高校卒業後は上京してファッションの専門学校へ。
当時は雑誌Oliveが大好きで、あんな誌面を作りたい!と雑誌のスタイリストを志していました。
専門学校を辞めてスタイリスト事務所に就職しましたが、そちらでの仕事はTVやCM、映画など映像中心。
とても充実した毎日で…というと聞こえはいいですが、非常に忙しく厳しい日々でした。
(今思うと、若い時期にあの厳しさを経験できたことは宝です。)
そんな毎日を過ごすうちに、自分がやりたかったこととのズレを感じ、事務所を辞めてしまいました。
当時、師匠には大変な迷惑をかけたと思うし、何もできずに辞めてしまい、本当に申し訳なく顔向けできないと思ってましたが、
昨年お会いした時に、
「あの頃、忙しかったけど、本当に頑張ってたね!」
という言葉をいただき、思わず涙してしまいました。
私がお洋服の世界での仕事を志したことの理由の一つに、母が洋裁師だったということが上げられます。
母は昔、大阪の洋裁店でオーダーメイドの服を作っていたそうです。
佐賀に帰り結婚して、私達子どもが生まれた後も、家の作業場で洋裁の仕事を続けていました。
幼い頃からよく妹とおそろいの服を作ってもらっていましたし、大好きだった着せ替え人形のドレスも手づくり。
写真は冠婚葬祭用に幼い私に母が仕立ててくれたワンピースです。
ダダダダダーと聞こえてくる軽快なミシンの音が大好きでしたし、
その部屋でミシンがけした後のしつけを取ったりして、お手伝いするのも好きでした。
よく一緒に生地屋さんやボタン屋さんに連れて行ってもらっては、ワクワクしていました。
そんな幼少期を過ごしていたので、自然と服に興味を持っていったんだと思います。
それで、一時はスタイリストを目指していましたが、佐賀に帰ってからなんとなくモノづくりを始めたところ、
(幸い、実家には母の作業場がありましたので)
頭の中でこんなの欲しいなと思ったものが、形になっていく楽しさに、
あ、私にはこっちが合ってるなと思うようになっていったのです。
それがどうして、帆布でバッグを作るようになったのか。
それはまた今度。